AMBER TRIANGLE MARKET




-- アメリカンSFコメディ巨編 --
ペケンヨの青い空



Written by 深瀬健太郎



「だめだ、行くなマダガスカル!」
「う、うわぁーっ、兄さん、シュレ兄さぁーん!!」

…!
またこの夢か。一体いつまで…。
「大丈夫?だいぶうなされてたみたいだけど…。」
「大丈夫だ、ナスターシア。いつものやつさ。それより、あれはどうなっている?」

 

「…あれって何よ?」
「お前こそ大丈夫か?この状況で聞くのは今の時間以外にないだろう。」
「そうね…私、どうかしてたわ。あと1フランフランでタナトゥーに着くわよ。」
「了解。コーヒーお願いできるか?そろそろ体を起こさないとな。」
「いいわよ。ブラックでいいのね?」

結局、今が何時かは分からないままだ。まあいい。
タナトゥーに着く前にまだやる事がある。でもコーヒーが先だ。

 

コーヒを飲んで完全に目が覚めたところで、いよいよ歯磨きだ。
歯を磨いてからコーヒーを飲む訳にはいかない。それが道理というものだ。

「ズゴォォン!!」
急に爆発音がした。船体前部からだ。
「どうした、ナスターシア!」

 

「シュレ!卵が…卵が爆発してしまったわ!もう私どうしたらいいか…」
「落ち着くんだ、ナスターシア。何があった?」
「モーニングを作ろうと思って、生卵を電子レンジャーで温めていただけなんだけど…。」

船体前部にはダイニング・キッチンがある。
収納力が抜群で、使い勝手とインテリア空間に溶けこむデザインを両立した、自慢の逸品だ。

「ノンノン、ナスターシア。生卵を電子レンジャーで温めたら爆発するのもまた道理。
学校で習わなかったのか?」
「頭では分かっていたのだけれど、やってみたい気持ちを抑える事ができなかったわ、シュレ…。」

…やれやれ。ま、こういうところもナスターシアのイノセントな魅力だ。
さっさと後片づけをしてしまうとしよう。まあ、こんなモーニングも嫌いじゃあない。

 

電子レンジャーというのはマイクロ波を用いた調理器具で、
手軽に冷めた晩ご飯の残り物等を温める事ができる便利な代物だが、
生卵や生き物を温める事はできない。爆発してしまう。
電子レンジャーで加熱されるのは、ぜひともご勘弁願いたいものだ。
だが、この技術があるおかげでこうして宇宙を旅する事が出来る。

そうこうしているうちに、惑星ガヴァティが近づいてきた。
この星の地下にある大都市タナトゥーが今回の目的地だ。
だが、以前と様子が違う。何やら空港が規制がされているようだ。一体何があった?

 

「許可証はあるって言ってんだろ、早くしてくれよ!!」
「落ち着いて下さい、順番です、ラインからはみ出さないで下さい!」

何やら男と空港係官が揉めているようだ。

その時、ナスターシアがヒュッ!と何かを男に投げつけた。

 

男はナスターシアの投げた牛乳を程よくキャッチすると、一気にゴクゴクと飲み干した。
たちどころに男のイライラは解消され、穏やかな顔つきになった。
カルシウム不足とはこの事か。ナスターシアはいつも用意がいい。

「ナスターシアか!?オレだよ!」
「やっぱり。シュラルグだと思ったわ。イライラぶりはご健在ね。」

いったいシュラルグとは何者だ???今度は俺のカルシウムが足りなくなりそうだ。
ナスターシア、俺の分も牛乳はあるんだろうな?

 

「シュレはまだ会った事なかったわね。こちらシュラルグよ。」
「やあ、シュレだ。なかなかいい飲みっぷりだな。」
「初めまして。仕事は運び屋さ。何か運んでほしい物はあるかい?」
「じゃあ君がまたイライラした時のための牛乳をナスターシアまで届けてもらおうか。」
「ははは。よしてくれシュレ。本当は牛乳は好きじゃないんだ。」

「ところでシュラルグ、どうして空港が規制されているのかしら?」

 

「それなんだが、オレも知らないんだ。だが、何か普通じゃない気がする。
おっ、やっと順番が来たか。それじゃあまた。
時間が出来たらトリステンに連絡してくれ。3人でメシでも食いに行こう。」
「じゃあね、シュラルグ。連絡するわ。」
「がんばれよ、シュラルグ。イライラしちゃあダメだぞ。また会おう。」

トリステンというのはブレスレッド型の通信機で、
マイクロ波が受信できるところならば全宇宙どこにいても連絡が取れるという便利な物だ。

さて、こちらもやっと順番がまわって来たようだ。ようやく中に入れる。
その時、突然赤い何かが目の前で光った!

 

「そこの2人止まりなさい!!」
「!?」
「あなた方、通信機や発信機、または牛乳を身に付けたままではありませんか?」
「いや、トリステンはさっきトレーに入れて検閲に出したんだが?
牛乳も全部クール・トレーに乗せたさ。な?ナスターシア。」

「そちらの女性のピアスに1つ、そして男性は靴と歯の中に発信機がありますね。」
「…!」

…どうしたんだ?いつもならば見つかるはずはないんだが…。やはり何かおかしい。

 

ふう。いつになってもあの歯医者のピシュィィィン!ってやつは嫌なもんだ。
少し丸くてゴルゴルゴルゴル…って削るヤツはそうでもないんだが。

さてやっと中に入れたな。靴も片方分解されてしまったので、新しいのを買わなければ。
靴屋はどこにある?このままじゃあ、色男が台無しだ。

 

「待って!シュレ!」

「どうした?ナスターシア。」
「ピアスが先よ。あなたの靴よりも。」

…あぁ、確かにそうだ。レディーファースト。色男よりもいいオンナ。
さ、さっそく向かうとしましょうか。多少歩きにくいが仕方がない。

 


「ここはどうだ?ナスターシアの好きそうな感じのお店じゃないか?」
「そうね、シュレ。入ってみましょう♪」
ごきげんだな…。ナスターシアが気に入るピアスがあるといいが。

「いらっしゃいませ。 …! 少々お待ち下さいませ」
…なんだ?店員がナスターシアを見たとたんに奥に入っていったが?

 

そして、品のある、あきらかに地位が上の人間がやってきた。
「お待たせ致しました、支配人のペストリーニでございます。
イヴォンヌ様、今回はどのような物をお探しでしょうか?」
支配人が出てきたのはいいが、イヴォンヌ???

「私はナスターシアです。どなたかと間違っておられるのではありませんか?」
「は…左様でございますか…? 大変失礼致しました、少々そちらへ掛けてお待ち下さい。」
奥で支配人と店員がなにか話しをしているようだ。やがて再度店員がこちらへ近づいてきた。

 

「失礼致しました。こちらはサービスの牛乳になります。お飲みになられたら、どうぞ店内をご覧下さい。
先程手違いがございましたので、値段の方も特別にお安くさせていただきます。」

オレとナスターシアは牛乳を一気に飲み干すと、店内を歩きはじめた。
牛乳が体に染み込み、やがて気分は落ち着いていく。

 

「これなんかどうだ?ナスターシア。」
「悪くないわね。でもさっきの方がもっとセクシーかしら?」

ピアスに近づくと、その周りにあるミラーにピアスを着けた姿が映る。これでセクシーかどうか判断するわけだ。
マイクロ波を応用した技術だというが、詳しい仕組みは分からない。
まあ、女性にはそんな事は関係ないがね。セクシーな女性なら尚更だ。

 

ようやくピアスが決まった。長い道のりだった…。さっさと支払いをしてここを出るとしよう。
トリステンをかざすと、店員からチェックが済んだという合図が来た。
「ありがとうございました、またぜひお立ち寄り下さい。」

前よりゴージャスな、それでいてシンプルで美しいピアスになったナスターシアはご機嫌だ。
「うふふ、こんな事ならゲートでの検閲も悪くないわね。」
「まあね、喜んでくれるならそれでいいさ。本当にゴキゲンな値段にしてくれているといいが。」

さあ、今度こそ靴を探さなければ。ん? ナスターシアが何か一点を見つめている。

 

「どうした、ナスターシア。」
「シュレ、私…。お腹が減ったわ…。」
ナスターシアが見つめていたのはマクグだったらしい。

マクグーフィーというのは世界的なハンバーガー・チェーン店だ。
値段が手頃で気軽に食べられるが、食材は高級志向で米沢牛を使う本格派。世界的に有名になる理由はそこにある。
本当は靴を買いに行きたいんだが、レディが空腹なのを見過ごすわけにはいかない。
ハンバーガーと一緒に米沢牛革の靴でもオーダーしてみるとしよう。

 

ハンバーグは炭火焼に限る。そしてチーズバーガーだ。
マクグはチーズバーガーしかない。種類を1つに絞る事で、高品質と低価格を両立している。
「シュレ、飲み物はゴールドスターよね?私はココ・パインにするわ。」
「そりゃいい選択だな。パインはハンバーグによく合う。」

「しかし、本当に靴を作ってくれるとは思わなかったよ。ジョークのつもりだったんだが。」
「いいじゃない、シュレ。似合ってるわよ。風合いもいいし。」
「ああ、そうだな。このMマークが無けりゃもっといいんだが…まぁ、そのうち慣れるさ。」

 

「さて、腹もいっぱいになったし、そろそろ行くとするか。」
「シュレ、食欲が満たされたら、次は…ね?」

ナスターシアはセクシーで大人な女性だが、本当に気ままだ。まぁ、猫だからしょうがない。
でもそんな寄り道なら大歓迎さ。じゃ、行こうかナスターシア。



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